氾濫する「戦略」
戦略の定義は、資源配分、環境適応パターン、長期的計画、ストーリーなど多様な説明や定義が存在しています。その一方で、「戦略」という言葉は氾濫しています。「○○戦略」「戦略的○○」という言葉が存在しない企業はないと言って
も過言ではないでしょう。
その結果、戦略の機能不全が生じているケースが少なくありません。組織のあるチームはブランド競争力を高めるためにマーケティングコストを上乗せし、別のチームはコスト競争力を高めるために製品の品質を落とすということが起こり得るのです。
このような戦略の機能不全が生じるのも、私たちが戦略に対する明確な定義をもっておらず、長期的で本質的な「計画」を漠然と戦略としてとらえてしまっていることに起因するのではないでしょうか。確かに、戦略は計画です。しかし、戦略ではない計画も存在します。では、戦略に該当する計画とはどのようなものなのでしょうか。それを長期的、多面的、本質的といった条件を付与したところ
で問題の解決にはなりません。これらの条件は依然として抽象的であるからです。
バリューベース戦略とは
このように氾濫する戦略に対して、「バリューベース戦略」では、戦略はシンプルで明確に定義されます。それは、WTP(支払意思額)を高め、WTS(売却意思額)を低くする一連の計画およびその活動のことを指します。この2つのレバー、すなわちWTP、WTSの動きにかかわるかぎり、それは戦略です。したがって、戦略を検討する際には、WTP、WTSという2つのレバー以外を考え
る必要はないのです。
上の図にあるように、WTPとWTSの差が、企業によって「創造された価値」になります。そして、この価値が、企業、顧客、従業員・サプライヤーの間で分配されます。企業の取り分は利益・マージンであり、それは価格とコストとの差で表されます。顧客の取り分は顧客歓喜(または満足度)であり、それはWTPと価格の差になります。従業員・サプライヤーの取り分は、従業員満足度・サプライヤー余剰利益であり、それは報酬とWTSの差で測定されます。
ビジネスモデルは、この「創造された価値」を所与として、そこからいかにして企業が多くの取る分を得るのかを検討するものです。それに対し、バリューベース戦略では、利害関係者との取り分をめぐる争いよりも、WTPとWTSの差で表現される「価値」をいかに拡大するかに注力します。企業のあらゆる活動をこの2つのレバーによって評価し、調整、統合していくことが求められます。
このようなバリューベース戦略を実現する具体的な活動が、OODAループにほかなりません。バリューベース戦略とOODAループを統合的に理解し、実践していくことが重要です。
納品レベルの戦略
そのためには、戦略を現場の末端まで浸透させることが鍵となります。浸透させるには、戦略はシンプルに表現されなければなりません。分厚いプレゼン資料だと、組織の末端まで浸透させることはほぼ不可能です。
戦略をWTP、WTSとして表現するだけでなく、最終的には、チラシ1枚にまとめることができます。戦略はこのチラシ1枚に現れます。この段階までシンプル化されてはじめて現場でも浸透することにつながります。つまり、現場での納品レベルの戦略とは、チラシ1枚で表現されたものになるのです。企業研修やMBAのクラスでは、この「チラシ演習」を実施しています。それにより、戦略の理解が深まり、他者と共有することが容易になります。そのことは、日々の活動指針に直結します。戦略を机上の空論として抽象的に議論し、エレガントな資料を作成するのではなく、「納品レベル」の戦略に突き詰めていくことがポイントとなるのです。
参考文献
- フェリックス・オーバーフォルツァー・ジー著・原田 勉(訳)
『「価値」こそがすべて!』東洋経済新報社、2023年. - 「HBSでは優れた戦略をたった1つの図で考えるケース問題「従業員のES向上で売上を伸ばせ」」
https://toyokeizai.net/articles/-/664044 - 「ハーバード流「値上げで勝つ、負ける」戦略の差ブランド力がなくても顧客満足度を高める方法」
https://toyokeizai.net/articles/-/665622 - 「賃上げでも「離職が減らない」残念な会社の盲点」
https://toyokeizai.net/articles/-/667206 - 「両利きの経営「生産性が下がる」残念な会社の盲点ハーバードで学ぶパフォーマンスを高める方法」
https://toyokeizai.net/articles/-/669621 - 「ラクスルの強みは「ポーター戦略論からの脱却」だ」https://toyokeizai.net/articles/-/679628